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第764話

Author: 宮サトリ
彼女の突然の怒声に、スタッフは驚いてその場で足を止め、どうすればいいか分からず固まってしまった。

だが、一番驚いていたのは弘次だった。

長年の知り合いである弥生が、これほど激しい怒りを見せたのは初めてのことだった。

「食べてもいい。でも、君の顔は見たくない」

弥生は彼を真っ直ぐに見つめ、はっきりと言った。

そう言い終えると、彼女は自らの手で弘次をぐいっと押して部屋の外へ追い出し始めた。

「君の顔を見たくない」と言われた瞬間、弘次の胸には鋭い痛みが走った。

反応する暇もないまま、彼は彼女に押され、気づけばドアの外に立っていた。

沈んだ気持ちではあったが、彼女が自分の顔を見なければ食事ができるというのなら、それで構わないと思っていた。

そして、弘次は外に押し出された。

バタン!と音を立てて、ドアは彼の目の前で閉じられた。

慌てて駆け寄った友作が、弘次を支えながら尋ねた。

「......大丈夫ですか?」

弘次は姿勢を整え、「......大丈夫だ」と短く答えた。

そして、友作の手を押し退けた。

二人のやり取りを見ていた友作は、思わずため息をついた。

「......霧島さんは食事を拒み、黒田さんの顔も見たくないとおっしゃていましたが......このままだと、もっと酷くなるのでは......」

しかし、弘次は微笑みを浮かべた。

「......時間が経てば、彼女も落ち着くよ。ずっと怒っていられるわけじゃない」

もう何も言えない。

一方、ドアを閉めたあと、弥生の心臓は鼓動していた。

深呼吸し、落ち着きを取り戻すと、スタッフの女性の方に振り返り、柔らかく微笑んだ。

「......食事を届けてくれて、ありがとう」

スタッフは驚いた。さっきまで弘次にあれだけ怒っていたのだから、自分も当たられると思っていた。

だが、思いがけない笑顔に戸惑いながらも、少し照れたように頭を掻いた。

「いえ......とんでもありません」

そう言って、ふと思い出したようにポケットから小さな袋を取り出した。

「こちら、SIMカードになります」

「......うん」

弥生の瞳が一瞬輝いた。すぐにそれを受け取り、「ありがとう」と再び礼を述べた。

「どういたしまして。それでは......ごゆっくりお召し上がりください」

弥生は彼女を見つめたまま、少し迷った。
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